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2010年7月

2010年7月27日 (火)

極楽寺のろうそく祭

7月25日(日)、極楽寺にて第2回水子供養大祭・ろうそく祭りが行われました。
(毎年7月の第四日曜日に開催されることになっています。)

今年は「極楽寺地蔵」と名付けられた水子地蔵の開眼法要があり、多くの若い参拝者でにぎわいました。

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夕方6時から本堂で、田中住職を導師に4人のお坊さんが法要を行いました。花々が飾られた御本尊に、若いカップルが次々にお参りしていました。
ほのかなろうそくの光に照らされた阿弥陀如来さまは、柔和なお顔で皆を見守っておられるようでした。

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その後「極楽地蔵」の前を流れる小さな川にろうそくを浮かべ、小さなお地蔵さまを、生まれなかったわが子として丁寧におまつりしている若い人々の姿があちこちで見られました。

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この川は、田中住職自らが工事に携わり、まごころで掘って完成させたものです。
ろうそくの光に包まれた幻想的な光景に、胸がいっぱいになったのでした。(大西)

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2010年7月 9日 (金)

ガイド養成講座 第2回目

7月8日(木)、ガイド養成講座の第2回目です。

富本憲吉記念館で「富本憲吉の世界」と題して館長の山本茂雄さんからお話を伺いました。
今回のテーマは、憲吉と妻一枝との関係に焦点をあてたものでした。

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憲吉・一枝夫妻は、後に不仲になりますが、憲吉は一枝に”一目ぼれだったそうです。
そのことは、平塚らいてうを慕って青鞜社にくわわった尾竹紅吉(おたけこうきち=一枝のペンネーム)の求めに応じて、憲吉『青鞜』の表紙などをデザインしていることからもうかがえます。
なるほど。

憲吉と一枝の家族の写真を展示してある部屋で、憲吉装丁のモダンな掛け軸を見る参加者たち。
落款印がアルファベットのKTです。
当時としたら本当にモダンですねえ。
いや、今でもモダンかな?

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作品展示室では、憲吉と一枝の合作作品のコーナーが設けられていました。

山本さんが、「この絵は憲吉先生の絵、こちらは一枝さんの絵です。」
と作品を詳細に解説してくださいました。

そう言われてみてはじめて、憲吉の絵はデッサンを元にきちんと描かれていて、一枝の絵はそれをなぞって描いているような気がしたのですが・・・。
でも教えてもらわなければ、全く気がつきませんでした。(^_^;)

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いろいろと発見の多かった、充実した講座でした。

フウランの群生
記念館の前庭の大木の太枝に、フウラン(風蘭)が咲いていました。
枝のあちこちに着生して、みごとな群生を作っています。

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いい匂いがするということでしたが、頭上の高いところにあるので、近づいて匂いをかぐわけにもいかず、ちょっと残念でした。
富本憲吉記念館へ行かれたら、これもぜひご覧になってください。

次回は 7月12日(月) 「奈良県の観光」
          場所  安堵町福祉保健センター 10:00~12:00 です。

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2010年7月 4日 (日)

善照寺で、親鸞さまお通りイン関西のイベント

 来年、親鸞聖人の750回大遠忌を迎えることを記念して、この7月3日(土)に東安堵にある浄土真宗本願寺派龍華山善照寺「親鸞聖人蕎麦喰(そばくい)木像」の巡行がありました。

 800年の時空を超えて、親鸞聖人の身代わりともいわれるこの像が、私どもの目の前に御下行くださり、まことに有り難い体験をさせていただきました。

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 雨の中にもかかわらず、12時から、光永覚道(みつながかくどう)大阿闍利(あじゃり)様を先頭に、蕎麦喰い木像が輿に乗せられ、お練り行列されました。

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寺でお稚児さんたちに迎えられて入堂されたのち、法要がはじめられました。

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 参列者一同が親鸞聖人蕎麦喰い木像に焼香し、読経しました。

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そのあと、生き仏さまといわれる光永覚道大阿闍利様の「行」についての御法話を拝聴し、またとないご縁を頂戴いたしました。

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 近畿一円を巡回する今回の御下行があるのは、奈良県ではこの安堵町の善照寺のみです
200有余人の善男善女が、この千載一遇の幸運の場に居あわさせていただきました。
親鸞聖人の念仏の御教えを、あらためて心に深く染み渡らせていただいた一日でした。(伊藤)

蕎麦喰い木像とは

親鸞上人がまだ比叡山で修行中の時、ひそかに山を抜け出して京都の六角堂へ百夜の参籠をしたことがあった。それを咎めて彼の師に、いろいろと告げ口や悪口をいう者たちがあった。
そこで師が親鸞の在宿をたしかめるため、夜中に蕎麦をふるまう会を開いたら、いるはずのない親鸞が現れて、皆と一緒に蕎麦を食べた。
翌朝、親鸞自作の木像の口にそば粉が付いていたという。
それ以後この像を、親鸞の身代わりの蕎麦喰い木像と呼ぶようになったという。

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