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2012年6月

2012年6月18日 (月)

藤井寺野中寺研修ウォーキング

アップするのが遅くなりましたが、先日の現地研修会のレポートです。

6月4日、大阪府藤井寺市の野中寺と古市古墳群を訪ねた。
案内役は松本さんと現地に住み古墳群を世界遺産にするため奮闘中の小野さん。
近鉄の藤井寺駅をスタートしてすぐ商店街の入口に観光案内所があり、西安で墓誌が発見されて有名になった井真成(いのまなり)をイメージした公式キャラクター「まなりくん」に出迎えられる。

そこからは
葛井寺→辛国神社→岡ミサンザイ古墳(仲哀天皇陵)→野中寺→野中ボケ山古墳(仁賢天皇陵)→峰塚公園→日本武尊陵→安閑天皇陵→白鳥神社→近鉄古市駅
というコースを歩いた。


蔦井寺(ふじいでら)
この一帯の地名の由来になっている寺。今さら説明は不要か。

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辛国神社(からくにじんじゃ)
今から約1500年、雄略天皇の時代に創建された。
平安時代に官社となり式内社として信仰をあつめてきた。日本書紀の記述によれば物部氏が祖神を祀り、その後、辛国氏が祭祇をつとめて現在の神社名になった。
室町時代に現在地に造営され、奈良の春日大社の祭神を合祀、明治41年、長野神社の祭神巣戔鳴尊を合祀した。

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岡ミサンザイ古墳
「ミサンザイ」とは陵(ミササギ)が、なまったとされている。日本武尊の第二子、応神天皇の父である第14代仲哀天皇の陵と治定され宮内庁の管理下にある。
良く管理されているが拝所のすぐ前まで住宅が迫っていていささか窮屈な感じがする。

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野中寺(やちゅうじ)
羽曳野市にある真言宗の寺院。
国指定の史跡。伝承では聖徳太子が建立した48寺院の一つとされ太子の命を受けた蘇我馬子が開基と伝えられる。
また「上之太子」叡福寺、下之太子「大聖勝軍寺」とともに「中之太子」と呼ばれている。
境内に残る礎石から飛鳥時代~奈良時代前半に大規模な伽藍が存在したことは明らか。
創建当時の堂塔は南北朝時代までには消失しているが、境内に残る礎石からは法隆寺式伽藍配置だったことがうかがわれる。
創建時の境内は現在の山門から南へ数百mのところを通る竹内街道に面していた。
この寺で毎月18日に開帳される重要文化財の弥勒菩薩半跏思惟像(銅造)には台座の部分に「丙寅年(666年)に栢寺の僧侶が中宮天皇の病気平癒を請願して弥勒菩薩像を奉じた」と刻印されている。
弥勒菩薩像は像名不明なものが多い中、はっきりと制作年代のはっきりした点で重要。
また、ここの墓地には歌舞伎や浄瑠璃の演目「お染久松」主人公が眠っている。

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野中ボケ山古墳
第24代仁賢天皇の埴生坂本陵(はにゅうのさかもとのみささぎ)に治定されている大王陵。
前方部が後円部に比較して大きく広がっている。
また、後円部よりも2mも高い。
1980年の調査で周濠にほぼ平行に埴輪列が見つかった。
翌年の調査ではすぐ近くで2基の埴輪窯が見つかった。
2基ともに同時期に操業しており、5~6回しか焼成しか行われなかったと見られる。
窯跡の埴輪と周濠から出土したものと特徴に差がないことなどから発見された窯はボケ山古墳のために築かれたと考えられている。

峰塚公園
峯ケ塚古墳を中心に整備された公園。
峯ケ塚古墳は墳丘長96mの前方後円墳。
後円部に石室が確認された。
また、銀や鹿角で飾られた太刀をはじめ武器・武具、馬具、金銅製冠帽、帯金具、ガラス玉など大量の出土品で知られる。
出土品などから5世紀末ごろの築造と考えられている。

日本武尊白鳥陵古墳
墳丘長200mの前方後円墳。
5世紀後半に築造されたと考えられている。
日本武尊は伊勢で亡くなり、白鳥となってこの地に飛来。
その後、天に向かったと「日本書記」は書く。
この名前は大和の武力勢力の長という意味で付けられと解されている。

安閑天皇陵古墳
古市古墳群の最南端にある前方後円墳。
墳丘には中世、高屋城が築かれたため変形が著しく、本来の姿が大きく崩されている。
東京国立博物館所蔵のペルシャ製ガラス碗(重文・正倉院の碗とそっくり)はこの古墳から出土したと言われている。
周辺は宅地造成によって際まで住宅がある。

白鳥神社
近鉄古市駅に近くにある。
円墳の上部を平らに造成して境内としたらしく石垣に囲まれた部分は丸い。
近くには、竹内街道と東高野街道の交差する場所があり往時の流通拠点が栄えたことを偲ばせるような広大な両替商の屋敷跡(建物はすでにない)を示す路上の表示がある。

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※今回の研修会は大阪府藤井寺市、羽曳野市を縫うように歩くコース。

古市古墳群と言われる地域だけに墳丘の数・形・大きさ、いずれをとっても圧倒される感じだった。
また、古い街道を表示するように道路の両端を朱色で舗装、中央部分は石畳を模した装飾がされていた。


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奈良でも太子道をはっきりさせるために立て札だけでなく道路そのものを色分けするなど、もっと工夫する必要があるのではないか、と感じた。
一度思い切って小中学生にペンキで道路に色を塗ってもらうような突飛な行事を考えてはどうだろう、などと思った。
街の中を表面に色のついた道路が通るのも一興ではないだろうか?

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2012年6月11日 (月)

安堵小学校の中家住宅体験学習

今年も安堵小学校三年生の中家での体験学習の時期がやってきました。
もう8回目になります。

観光ボランティアのメンバーは、朝から生徒たちの掘るタケノコの上がり具合を見てまわったり、試食用のタケノコを炊いたりして準備しました

今年はタケノコの上りが遅くて数も少なかったので、生徒たちにはタケノコをほるのは一人1本にしてもらおうということになりました。
自然が相手ですから残念ですけどしようがないですね。

小学生たちが到着後、まず中庭で中家住宅についての簡単な説明です。

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中家は安堵町にある国の重要文化財だということ。
茅葺(かやぶき)屋根と瓦屋根がくみあわさった大和棟(やまとむね)
という造りの母屋と、まわりが二重の濠(ほり)に囲まれている二重環濠(かんごう)住宅という特徴を持っていること。
織田信長 (「知ってる」という生徒たちの声) よりももっと古い時代か
らの武士だったので、住宅もこんなにお城のような造りになっているなど、中家の歴史を紹介しました。

そのあと2班に分かれて、交互に住宅の中の見学とタケノコ掘りです

住宅の中には11も焚口のある大きな丸いかまどがあります。
円形になっているので、11も焚口があっても、真ん中に一人で座れば全
部の焚口の火をみることができるのです。

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かまどはもちろん、”火吹き竹”で火を吹いているところを見るのもめ
ずらしかったかもしれませんね。

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竹林では今年もめずらしいキヌガサダケが顔をのぞかせていました。

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あっ、タケノコ、見っけ!

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そうそう、手前に倒して!
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ヨイショ!
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ぬけたっ!!
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見てください! みんなの掘ったタケノコです。

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さあ、試食タイムですよ。

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ケチャップ、マヨネーズ、ドレッシング味があります。
どれがいちばんおししいかな?

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みんなの答えはどれも「めちゃ、おいしかった」でした。
中さんのお話では、今年はタケノコの上りが遅かったので数は少なかったけれど、そのぶん甘くておいしいタケノコになったそうです。

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最後に全員が大きな声で、中さんに「ありがとうございました」とお礼を言って学校へ戻っていきました。
楽しい思い出に残る体験学習の場を提供してくださった中さん、ほんと
うにありがとうございました。

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